昨日のお昼休憩時に、以前、勤めていた
会社の先輩から連絡があり。内容は、私
がお世話になったというか、親子のよう
な関係だったというか。私が『親分』と
慕っていた方がお亡くなりになられたと。
それを聞いた瞬間から涙が止まらず。会
派の部屋を出て、午後からの議会運営委
員会が始まるまで、別室で泣いていました。
議会運営委員会が終わり、市役所を出る
までは涙をこらえ、車の中で号泣しなが
ら帰宅。妻にも伝え、一緒に号泣。ふた
りでお通夜に向かい、故人の前で大号泣
でした。ちょっと、昔話を。私が高校を
卒業して最初に就職した会社は森山(清)組。
その中で、最初に配属されたのは郡元の
道路新設現場でした。高卒で何もわからず、
早く仕事を覚えないとと思い、毎日、ただ
ひたすら一生懸命に。配属されて1か月が
経った頃からあれっ?と。当時の現場の所
長が理不尽な言動のうえ、全く仕事が出来
ず。夢と希望を抱き、社会人になった私的
には凄く残念で(-_-;)。社会って、社会人っ
てこんなものなの?と。そんな風に思いな
がら仕事を続けていましたが、日に日に
疑念が深まり。もう、この会社を辞めよう
と決断。退職の準備をしていた時に他の
現場の所長から声をかけていただき。当時、
現場事務所にはそれぞれ、事務員さんを雇
用していたのですが、その方が私の事を
別な現場の所長さんに宣伝してくれていた
ようです。結局、声をかけていただいた
所長さんの現場に。今、武岡にあるマック
スバリューなんかがあるところ。当時は、
大きな山々。そこの所長が私の『親分』
でした。そこでは、所長のほかに、先輩方
が何人かいらっしゃったのですが、凄く
可愛がっていただき。当時から付き合って
いた妻共々。成人式の時も社員さん方を
集め、私と妻まで祝っていただいたり、
休日もみんなで花見や一日旅行。『親分』
は、当時、鹿児島でも有名なアマチュア
ゴルファーで、大会等で優勝したり。と
にかくゴルフ好きで週4でラウンドに。
現場を私たちに任せて(^_^;)。今では信じ
られませんが。そうすることで、私たち
は逆に現場をやり遂げないといけないと
いう責任感で仕事を覚え。現場では測量、
施工等、雨で現場が出来ないときは、積
算方法や図面作成、様々な事を学ばせて
いただきました。『親分』は晩婚だった
のですが、『親分』の結婚式で会社代表の
挨拶はなんと二十歳になったばかりの私
に(^_^;)。もちろん、私は結婚式なんかで
スピーチなんかしたことはなく。緊張を
紛らわす為に、飲めない焼酎をたくさん
飲み、フラフラしながらスピーチ。自宅
に帰るまで吐きまくり(-_-;)。妻に迷惑を
かけました。普段はよく飲みにも連れて行っ
てもらい。一次会、二次会、三次会、そ
して必ず最後の〆は焼き肉屋(^_^;)。高い
肉を食べさせてもらったのに、最後にま
た吐きまくるような感じ(^_^;)。そんな感
じの毎日でとても濃く楽しい時間を過ごさ
せていただいてましたが・・・。
ある時期から関係が崩れ。理由は『親分』
のある行いというかなんというか。それに
対し、若かりし頃の私の正義感が許さず。
お世話になってるからと妥協して付き合う
先輩方もいましたが(-_-;)。結局、私は早々、
現場の所長をさせていただいたので『親分』
の現場からは離れ疎遠に。心配した『親分』
の奥様から手紙をもらったことも。前みた
いに付き合ってほしいと。多分、奥様は私
が離れて行った理由は知らなかっただろう
し、私も本当の理由は伝えず。その後、私
は退職し、他の会社へ。『親分』にちゃんと
した挨拶も出来ずに。会社を退職し、長男
が一歳になった頃だったでしょうか、たま
たま『親分』の現場の近くを通り。なんか
会いたいというか、ちゃんと挨拶をしたく
て思い切って、現場に立ち寄り。私を見て
『親分』は喜び。そして、長男を抱き上げ、
一番最初に抱っこしたかったと。それを聞
いて、ちゃんと挨拶も出来ず申し訳なかった
と、妻と一緒に号泣したのを鮮明に覚えてい
ます。それからは、たまに『親分』のところ
に顔を出すようになり。私が選挙に出る時
もかなり応援をしてくださっていたようで、
お通夜の時に親族の方から、『親分』が私に
投票するように、親戚全員に声掛けをして
いたということも聞かされました。かなり
長くなりましたが、『親分』とはこんな感じ
の関係でした。本会議が終わり、葬儀場へ。
お葬式にも参列させていただき最期の別れ。
今の私があるのは、間違いなく『親分』の
おけげ。あの時、引き留めてくれなかった
ら今とは違う人生になっていたことでしょ
う。『親分』のおかげで、議員になった今
でも得意分野である建設関係で市民福祉の
向上に活かされてます。『親分』のことを
思い浮かべると涙が止まりません。棺の中
に花を添え、『親分』の身体に触れながら
精一杯の感謝を伝え、これからも頑張るこ
とを誓いお別れしてきました。『親分』が
私を呼ぶ時は少し甲高い声で『た~い』。
今でも耳に残ってます。ありがとう『親分』。
さようなら『親分』。

