言語道断~大丈夫ですか?

連日、某宗教団体と議員との繋がり等についての

報道ばかり(-_-;)。国会議員に限らず、地方議員に

おいても繋がりがあるという噂も。もし、自分の

票欲しさに反社会的な動きをする宗教団体と知り

ながら繋がりを持っているなら言語道断。そんな

考えの方が果たして、純粋に市民の為に仕事ができ

るのだろうかと疑問を呈します。今回、安倍元総理

の銃撃事件がなければ、この件も知らない世界の話

だったのでしょうね。民を良くするための議員で

あるべきなのに、議員自身の保身の為に良いも悪いも

見境がつかなくなっているような。大丈夫ですか?

 

 

 

プロ野球選手&『消防隊員』

今回の我が家のコロナ騒動。コロナ陽性になった

次男等もやっと自宅待機が解除。今回、危うく家族

の命を失ううようなピンチでしたが、このピンチを

ただ乗り越えたからよかっただけではなく、今が

あることの意味等も踏まえ、再度、次男と長い時間

語り合いました。本人曰く、私が覚悟したあの日の

痙攣~救急車までの記憶は全くないそうです(^_^;)。

隔離部屋で私と面会したところぐらいからの記憶は

あるそうですが。先ずは、次男が痙攣をおこし騒動が

あった前日に、鹿児島市内の11歳(次男と同じ歳)の子が

コロナで命を落としたという報道があったこと。その

時の状況で助からなかった命もあるということ。次男

の命は紙一重で助かったこと。それにあたり、救急

隊員や市立病院の看護師・医師の多大なるご尽力が

あったこと等を出来る限り嚙み砕いて全て伝えました。

結局、このことを伝えて何を考えてほしかったかと

いうと、これからどのように生きるかということ。

5年生なのでまだ早いかなという気持ちもありまし

たが、鉄は熱いうちに。人様に救ってもらった命を

どのように活かしていくか。人はひとりでは生きて

いけない。必ず、あらゆる形で人様にはお世話になる。

そんなことも踏まえ、今回の件は、あ~良かったねで

済ませるのは勿体ないと思い。次男の口から具体的に

どう生きていくかということがポロポロと。学校生活

や少年団活動においても常に人の為に、仲間の為に

頑張ることや想いやりをもって接すること等の決意が。

そして、将来の職業の話まで波及し(^_^;)。ソフトボール

をしているので、将来の夢はこれまで一貫してプロ野球

選手ということでしたが、初めて『消防隊員』も候補に。

本来なら命を助けてもらったので、医師や看護師という

ことになるのでしょうが、次男の知能では無理だという

のを自覚しているようで素晴らしい(^_^;)。人様の生命と

財産を守る消防局職員。私は大賛成。私も子どもの頃に

なりたかった職業は、先生・警察官・消防士だったので。

直接的に人を助ける仕事って最高だねと語り、ふたりきり

の熱い話を終えました。今回の件で私も精神的にかなり

病みましたが、結果、あのしったれ次男坊が少しだけ心の

成長を遂げられたことに感謝する今日この頃です。

 

 

市役所(臨時議会~会派内勉強会)~玉江ソフト練習

市役所(要望対応)~下伊敷~伊敷

私の生きる道へ

本日、久しぶりに市役所へ。久々に市役所職員や

会派の事務員さんたちにお会いすることができ、

とても嬉しく元気が出ました。社会人になって、

休む間もなく仕事をしてきたので、たまには時間を

忘れゆっ~くりしたいなぁなんて思っていましたが、

今回の自宅待機で初めて長期間ゆっくりさせていた

だき、私はやっぱり、色々と動き回って人様の為に

生きることが性に合ってるんだなぁと確信しました。

しかしながら、今回のコロナによる次男の生死の境に

直面し、この自宅待機期間中、色々と考え気持ちが⤵。

市民の為にと市議会議員をしているくせに、目の前で

苦しんでいる自分の息子も守れないのか?こんなので

本当に市議会議員が務まるのか?等。本気でこんなこと

を毎日毎日考え、市役所へ向かいました。このことをある

先輩議員にお話をしたところ、色々とアドバイスや助言を

いただき、心が救われました。この先輩議員と久しぶりに

お会いできた方々の笑顔のおかげで早速、今日からこれま

でと同様に要望対応で動き回ることができ、私らしく生き

ることを取り戻せたような気がします。ありがとうござい

ました。今回の心の闇はかなり深いですが、たくさんの方々

と接し元気をもらい、そして、たくさんお話をして要望等を

受けることで自分を鼓舞しながら、脱線しかかった本当の

私の生きる道へもう一度、軌道修正して戻していきたいと

思います。こんな風に想えるようになった一日でした。

検査~ドキドキ

濃厚接触者扱いだった私と長女は今日が自宅待機

の解除日。というものの、できるだけ人との接触は

避けようと。しかし、本日から少年団の練習再開日。

ということで、抗原検査キットを買ってきて検査を

実施↓↓↓。

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結構、高いのですね(^_^;)。一回しか使えないのに

4,000円程度。かなり痛い出費。買うのを躊躇しまし

たが、子どもたちと接するには致し方ないと(-_-;)。

しかしながら、検査するのはドキドキ。自宅での

検査と言えば、20年以上前に妻が長男を身ごもった

時の妊娠検査薬の時以来で(^_^;)。あの時もドキドキ。

ふたりで検査薬を覗き込み、陽性の判定を見て大喜び

だった私とは対照的に、妻は母親になることに若干、

不安そうな顔つきになったのを今でも鮮明に覚えて

います。今回もふたりで検査結果を↓↓↓。

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今回は、陰性でふたりで喜びというかホッと(^_^;)。

自宅での検査は、今も昔もドキドキです(*^▽^*)。

 

 

お心遣い

自宅待機になってから多くの先輩・同僚の議員の方々

から励ましのメールや電話、そして差し入れまでいただき。

そして、買い出しに行けないのを察してくださった少年団

の保護者や後輩の方々からたくさんの食料をいただき。

昨晩も玄関のポストを確認に行くと玄関先に↓↓↓。

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米や飲料水、パンやラーメン、デザート等大量に。

いつもいかなる時も私たち家族を助けてくれる後輩

からでした。家族全員でしばらく眺め、有難さを実感

しながら。食料が尽きていたので、早速、あらゆる

食材をいただきました。デザートも久しぶり。美味し

くいただき元気に。というか、みなさんのお心遣いに

感謝で胸がいっぱいに。次男坊のことで、親として

議員として悩んでおりましたが、おかげさまで少し

元気になりました。いつもありがとうございます。

みなさんのおかげで家族全員、生かされています。

 

不機嫌なゆず

朝起きるとついつい次女と次男の寝床へ。

あれからというもの息をしているか確認する

のが日課になっています(^_^;)。次男とは敷地

内で久しぶりにキャッチボールも。以前と変わ

らず普通に投げ返してくる球を噛みしめながら。

さて、私にとっては悪夢だった日。病院から家に

帰ると、ゆずが私に向かって吠えまくり(^_^;)。

ゆずは次男坊が救急車で運ばれる前の一部始終を

見ていたようで。私が次男を抱えながら呼び掛け

ている姿を。それから、次男坊を見なくなったので

私がどこかに連れて行ったのだろう?と勘違い。

私には従順なので、今まで吠えたことはないのに

ずっと吠え続けられました(^_^;)。顔つきもいつも

と違い怒っているというか何か不機嫌というか。

面白かったのは長女がゆずに『やまとは?』と問い

かけると私のほうを見て睨むように(^_^;)。何度聞い

ても私のほうを見て『あいつがどこかに』という

ような顔つきで。そんなゆずでしたが、数日後に

次男坊が帰ってきたときは大喜び。私への疑惑も

やっと晴れたようで吠えなくなりました(^_^;)。

相変わらず熱い末っ子のゆずでした。

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次男坊が不在の時の不機嫌なゆずです。

紙一重

症状が見られないのは長女と私ですが、家族は

濃厚接触者扱いとなり、自宅待機で何も出来ず。

長女は、新入社員として一生懸命に仕事に励んで

いたのに休まざるを得ずかわいそうです(-_-;)。

今考えると、次男の命の有無は紙一重だったなと。

実は、次男が痙攣をおこす前に要望対応で家を

出る前でした。いつもならさっさと出ていくので

すが、高熱があったので、もう一度、容態を確認

してから要望対応に向かおうと思っていたところ

でした。もし、いつものような行動を取っていたら

パニック状態の妻だけでの対応となり、間違いなく

もう次男はこの世に存在していなかったかもと(-_-;)。

本当に紙一重なこと。運が良かったというかなんと

いうか。そういえば、以前も隣に住む父が玄関先に

倒れていたことが。そこにたまたま私が帰ってきて、

その時も一命をとりとめたことが。それも紙一重な

出来事。紙一重なことで簡単に大事な命を失ってしまう。

不運になるか幸運になるか本当に紙一重。その幸運な

紙一重に巡り合うには、兼ねての行動かと。人様に

悪いことをせず、これからも日々、善い行いを積み重ね

ていきたいですね。人生は全てが紙一重。

 

 

 

九死に一生

いつの間にか8月に入っていたんですね。ここ数日、

生きた心地がせず(-_-;)。また、色んなことを考え

させられた数日となりました。金曜日に出張から

帰り、出張報告や家族の有難さ等をブログで更新。

やっぱり家がいいなぁ~と思いながら一日を終えよう

としている時に、次女・次男がそれぞれが熱があると。

熱を測るとそれぞれ38度台。とうとう我が家にも?。

薬を飲ませ寝させましたが、心配だったので一時間

おきに経過観察。それぞれあっという間に40度台に。

時間が経つに連れ、次女は熱が下がったり上がったり。

しかし、次男は40度を下回ることなく(-_-;)。お昼頃、

妻が次男を着替えさせようと部屋に。徐々に話声が

大きくなってきて、『やまと~やまと~』と叫ぶよう

に。私が向かった時には、ひどい痙攣をおこしいる

状況。目も焦点が合わず。私が次男を抱きかかえ必死に

呼びかけ。妻は救急車を要請に。次男は泡を吹きながら

まるでゾンビになる前のように白目になり、顔も身体も

よじれていくような感じになり、激しい動きの後、意識

を失い。妻は電話口でパニック状態。次男を抱えながら

電話も代わり、対処方法を聞きながら対応。しばらく

して、救急車が到着し救急隊員の方々が。しかし、依然

として意識は戻らず。救急車に乗り込み、1件目は断られ。

市立病院からオッケーをいただき向かうことに。搬送中

に少し意識が戻ったものの、焦点が合わず返事もなく。

市立病院につき、次男坊は緊急外来に。私たち夫婦は

別部屋で待機。待機をしている時に色々な覚悟をして

ました。二時間ぐらいしてからでしょうか、一人だけ

面会が許され、私が行くことに。厳重な部屋みたいな

ところに案内されました。次男坊の顔を覗き込み、恐る

恐る目をつぶっている次男坊に『やまと?』と。すると、

目を開け『はい』と。思わず『俺がわかるか?』と聞く

と『うん』と言って頷き。その姿を見て、一気に涙が溢れ。

私の涙を見て、次男坊ももらい泣き。『本当に良かった』、

『心配させるなよ~』。次男は苦笑い。直ぐに手足が動く

か確認。手をがっちり握りしめました。その後、PCR検査

の結果で陽性が判明。高熱による痙攣があったので、大事

をとってそのまま入院させていただくことに。こんな週末

でした。危うく目の前で我が子の命を落としそうに。自分

の無力さを痛感するとともに、医療関係者や救急隊員の方々

への感謝の念が堪えません。この数日、改めて色んな事を

考えさせられ。抜け殻になったような感じに。おかげさまで

本日、熱も下がり元気になった次男が帰宅。再会した時、

とてもとても幸せな瞬間でした。自宅で中々、熱が下がり

きらなかった次女も平熱に。恐るべしコロナでした。みな

さんも引き続き、ご用心くださいね。以前、紹介しました

が私も九死に一生を得た場面が幾度と。その話を次男にも。

そして、生かされた命をどのように使っていくべきなのか

ということを語り合いました。リビングで家族全員揃い、

たわいもない話で大盛り上がり。あたり前のような時間が

どれだけ幸せなことかと。今回の我が子が九死に一生を得た

ことで、色々なことに対する考え方が変化したような気が

します。また、後日にでも。とにかく、今回、次男坊を助け

ていただき、本当に本当にありがとうございました。